― 私たちの10月23日を伝えるために。 ―




語り部


語り部リスト

おぢや震災ミュージアム そなえ館で講演をいただいております「語り部」のみなさまです。
震災当時小千谷市助役(災害対策副本部長)災害対策副本部長として行政内部の指揮を執り、復旧・復興に努めた。行政、町内会などが震災を体験して得た教訓等について講演していただいております。

現在:NPO法人 防災サポートおぢや理事長
震災当時市の中心商店街を持つ町内の防災会長として町内会と防災会の協力で避難所の設営、運営を図る。

現在:新潟県防災コーディネーター
小千谷市自主防災組織連絡協議会会長
NPO法人防災サポートおぢや所属
趣味…パソコン、アマチュア無線、釣り
震災当時小千谷市消防団副団長。現場本部の指揮を執る。その後団長に就任、災害に強い消防団組織作りと消防団活性化事業及び団員確保に奮闘。現在は後進の指導にあたる。
飲み会が大好き。

NPO法人防災サポートおぢや所属
震災当時:民生児童委員
(隣市障害施設 施設長)
担当地区の要援護者の確認に8日間など、混乱の中での民生委員の活動をお話しいただく。
現在:小千谷市民生・児童委員協議会長
   小千谷市社会福祉協議会副会長

NPO法人防災サポートおぢや所属
震災当時:市役所職員(健康センター勤務)
日赤奉仕団受入れや、病院関連、災害弱者対応
さらには心のケア活動にも精通。
現在:小千谷市民生・児童委員協議会副会長

NPO法人防災サポートおぢや所属
震災当時:小千谷市塩谷の町内会長
この地震で自宅が崩壊、町内の人の手によって救出される。しかし、息子は死亡、妻は5ヶ月間の長期入院の重傷を負う。町内会とボランティアとの関わり、長期避難勧告時のエピソードなど。

NPO法人防災サポートおぢや所属
震災当時(財)小千谷総合病院看護部長。患者への対応、看護師の指揮など第一線で救助活動を行う。現在、看護師協会等で講演活動を行っている。

NPO法人防災サポートおぢや理事
震災当時小千谷新聞社主筆(現職)。
自らの被災体験や、多くの市民から生の声を取材したお話は多岐にわたる。

著書: 「激震 小千谷発 挫けない」
「新潟県小千谷発 心ほっこりいい話」
NPO法人防災サポートおぢや所属
震災当時:小千谷市婦人防火クラブ会長。
地域密着の考えを基本とし、「自分たちの地域からは絶対に火事を出さない」を合言葉に、現在も毎週火曜日に防火パトロールなど、地域の火災予防に積極的に取り組んでこられています。

元新潟県婦人防火クラブ会長
平成24年 安全功労者 総務大臣表彰
小千谷市職員(退職時:総務課長)を退職後、小千谷社会福祉協議会事務局長に就任。地震発生後に立ち上げられた小千谷市災害ボランティアセンター本部長としてボランティア活動の指揮をとり、市民生活の復旧・復興へ尽力。

NPO法人防災サポートおぢや常務理事
震災当時:小千谷市最大の町内会の会長
現在、小千谷市自主防災組織連絡協議会 副会長
小千谷地区防犯協会連合会 会長
新潟県防犯協会理事
震災当時:小千谷市消防団 分団長
現在、同消防団団長として活躍
災害に強い消防団組織づくりと消防団活性化事業及び団員確保に奮闘中。
震災当時:小千谷市十二平の町内会長
長期避難 勧告の後、集団移転を決め現在に至る。

NPO法人防災サポートおぢや理事
震災当時:旧川口町立川口小学校校長
最大震度7を記録した震源地旧川口町。
残念なことに児童一人が死亡

現在:学校防災アドバイザー
日本赤十字奉仕団指導員
震災後、山間の集落をいかにして持続可能な暮らしをしていけるか、わかとち未来会議を立ち上げた。
その理念は
1..超進化し、夢語る暮らし。
2.人に暖かく寄り添う暮らし。
3.自然と共にある、種まく暮らし。

現在:わかとち未来会議 代表
   小千谷市グリーンツーリズム連絡協議会 会長
震災当時、小千谷市池ヶ原の区長
指定された避難所が被災し、農業用ビニールハウスを活用し避難生活を陣頭指揮をする。

現在:地元そば粉を使った手打ちそばの店「雪蔵の里」店長として厨房で腕をふるう。

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